2005年は,中学校教科書の採択が全国一斉に行われます。もちろん,十勝・帯広も同じです。
「新しい歴史教科書をつくる会」が採択を目指している歴史教科書には,見過ごすことのできない問題がたくさんあります。以下に指摘するのは,ほんの一部です。
まず,「南京大虐殺」,「中国人・朝鮮人強制連行」,「従軍慰安婦」など先の大戦で日本軍がアジアの民衆に与えた加害の事実は,一切,書かれていません。書かない理由について,「つくる会」は「日本を糾弾するために捏造された」ものだと説明しています。これらの事実は「731部隊」などと同様に裁判所でも事実として認められている明らかなものです。また,「沖縄戦」について,「鉄血勤皇隊の少年やひめゆり部隊の少女たちまでが勇敢に戦って・・生命を失い・・」と記述していますが,実態は,「・・学徒たちは後送されてくる負傷兵の看護や水汲み,飯上げ,死体埋葬に追われ,仮眠を取る間もなくなっていきます。・・・学徒たちは突然の『解散命令』に絶望し,米軍が包囲する戦場を逃げ惑い,ある者は砲弾で,ある者はガス弾で,そしてある者は自らの手榴弾で命を失いました。」(ひめゆり平和祈念資料館のパンフレット−昨年,日弁連野球全国大会〔佐々木涼太弁護士の新加入もあり,準優勝しました〕の際に訪れました。是非,訪れて欲しい場所です。)というものです。「つくる会」の歴史教科書の戦争美化の考えには全く賛同できません。
もと西ドイツの大統領であったヴァイツゼッカーは「過去に目を閉ざす者は現在にも盲目となる」との演説を行い,現にドイツはナチスの戦争犯罪に真正面から取り組み,戦争被害者に対しいわゆる戦後補償を行ってきました。
日本はといえば,政府がこれに取り組むということはなく,そのため,戦争被害者から「強制連行」や「従軍慰安婦」による国家賠償請求訴訟が提起されている状況です。
相手に不法に損害を与えれば,加害者が国家であれ個人であれ,賠償するのが当然のことであり,それをしない日本政府は正しくありません。
刑事裁判においては,加害者である被告人が反省し,謝罪し,被害弁償することが,重要な情状となります。このことは国家においても同じです。
国民には道徳を説き,自らこれに反していては,ブラックジョークというほかありません。
歴史を学ぶ意味は,過去の誤りを経験として,しっかりと心に刻み,現在及び未来に生かすことですが,「つくる会の教科書」では不可能です。
今年は,「つくる会」の歴史教科書が採択されないよう,市民運動を展開することが重要です。
仮に,採択されてしまった場合(そうはならないと思いますが),私は子どもたちに,「この教科書に書かれていることは事実ではないよ。『本当の歴史』はこうなんだよ」と伝えていきたい。なぜなら,学問の意味は,真理を知ることであり,そこに喜びがあり,人間の発展があると確信するからです。
斉藤道俊 2005/02/20
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